2010年4月19日月曜日

100パー出せ

昨日あるブログで「知ってる情報は全部、顧客に出せ」というのを見た。
理由はこうだ。
「全部出しきったら、翌日はまた何か価値あるものを見つける必要がでてくる。そしたらお前は努力するだろ」
確かに。


 たとえば、ある物件のコストを1割削減しろと上から命令されたとする。
 そして、全力で取り組んだ場合2割削減できそうだと思うが、ここで2割削減してもまた1割削減しろといわれるのは目に見えているので、その時に備えて余力を残し命令通り1割の削減をする。
 与えられた目標は達成しているので会社はそれで満足。だれも不利益をこうむることもない。


 よくあることだと思うし、自分も普段そういう感じだ。常に余裕を持っておきたい。何かのときにカードを持っているのは自分を優位に立たせてくれる。
 が、それ以上努力しなくなる。余裕があればその余裕に甘えて次を用意しない。
 なるほど。ごもっともです。


 そういう余裕が積み重なってくると必ず起こる現象は、それを守りに入るということ。他人に取られないようにとか、自分を優位に持っていけないかとか。みんなそうだと思う。資格とか著作権とか特許が行き着く先なんだろうか?
 もちろん著作権が守られることは制作者にとってありがたいことなんだが、それが儲かってしまうと中には努力しなくなる人が出てきて当たり前でしょう。
 こう書くと著作権や資格が悪い物のように思われるかもしれないが、決してそうではなく守られることによる利益も多い。ウィルスソフトのようなもんだ。悪いことをしそうなやつを遮蔽できるのも資格であり、著作権だと思う訳です。
 ただ、企業や組織にすれば守りに入る人が少ないほうが伸びるだろうし、汚職も減ると思う。


とそういう事を、ブログを見ながら思ったわけです。
その時は「なるほどね~ふ~んそうかぁ」的な感じでした。


でその夜。
とあるアーティストのライブPAをすることになっていたわけですが、そのライブで
100パー出せ」というのをまたもや感じさせられた次第です。
 
 そのアーティストさんとは何度かご一緒させてもらっていたので、いつもの感じで打ち合わせてリハしたわけですが、今回はコラボ企画のようでもう一人アーティストの方がいらっしゃいました。個人を特定されてしまいそうなので、名前は伏せておきますがニューフォーク系のプロの方達です。
 
 前も書いたことがありますが、普段ワタクシは音楽はメロディーメインで聴いてしまう傾向にあるようで、オペレーターとしてもそれを無意識に意識(?)しているのかもしれません。当前のことですが、アコースティックな音楽だと生音をどううまくきれいに拡声するかといった具合に。
 もちろん、エンジニアとして音をよりよい方向(いい音といったら個人的趣向が加わるので)へ持っていくのは重要なことだと思いますし、アーティストも楽器に音にこだわられる方が少なくありません。聞く側にとってもきれいな音は心地いいですからね。でも音楽ってそれだけではないんですね。今回はそんなことを再認識させてくれたライブでした。
 
 そのゲストの方はアコースティックギターの弾き語りで、ギターにはピックアップが付いているのでラインでPAに送ってもらいたと希望されていました。アコギにピックアップに多少知識があったので、「じゃぁラインにマイクをプラスで立てましょうか?」と提案したところ、
「はい・・・・あの、よくわからないので・・・」というので、いつもはどうしてますか?と聞いたらいつもはラインのみでやっているとの事。
 
※多くの場合ラインのみだと、生音とはかけ離れた電気的な音がする。中には生音に近い音を出すものもあるが、彼のシステムは前者。


その時、こうも言っていた。
あのぉ・・・機械のことはよく分からないですけど、言葉が伝わればそれでいいです。言葉が一番大切なんで・・・それでギターは低音がガツンと出ればいいです。」と
 
あまりいつもと違う音がすると、逆に歌いにくいかなぁと思ったので、
じゃぁ、ラインのみで一回リハやってみて、マイク入れたほうがいいなら入れましょうということになった。
そしてリハでは確かに生音とは全然違うけど、彼のスタイルならこれもいいなぁと思ったのでそのままラインのみで本番に臨むことになりました。
 
※弾き語りの場合曲調にもよりますが、生音ではあまり目立たない低音がピックアップを入れることによって強調され、ベースやドラムの代わりをしてくれ、音に厚みが出てノリも出る場合があります。彼の場合は、まさにそういう曲でした。
 
そして本番。
 フォークが原点だけあって、その歌のメッセージは物凄いものがあります。そしてリハとは違い、彼も鬼気迫る勢いで歌います。というよりも叫んでいるようにも思えます。(決して叫んではいないし、歌はうまいですよ)全身で歌っていると言う表現がいいのかな?
 こういった音楽は、やっぱりライブでしか伝わらない。CDでは表情も雰囲気もみえないですからね。分かってはいながらライブの価値を再認識しました。
 よくライブでもCD聴いているみたいだったと聞きますが、それはそれで相当なテクニックが必要ですし大変なことです。エンターテイメントとしてこれも一つの完成形だと思いますが、彼のはそれとは正反対のものなのかもしれません。ライブでしか味わえないものがあります。
 一曲目から、微妙にチューニングがずれていたし、ある曲はコードとメロディーがマッチしてなかった気がする。弦も2本も切るし(事前に弦切れるかもと言っていたので、ワタクシのストックをお譲りしておきました。役にたってよかった)。パフォーマンスなのかな?長渕好きって言ってたし。
 普段はバンドでやっているというのでそれほどギターに意識はないのかも。(歌はうまいですよ)
でも、そんなこと大したことではないんでしょう。彼には。
言葉が伝われば・・・。


 2ステージ目に入って、メインの方も負けず劣らず鬼気迫る勢いで歌い上げるのを見てるとだんだん午前中のブログを思い出してきて、
「ああ、たぶんこの人たちは今100パーセントだして全力疾走ではしっているなぁ~。今、仮に死んでも後悔はないのかもしれないなぁ~・・・・」と思ったわけです。
 そういうステージには圧倒されます。ブルースの世界で、「魂を悪魔と取引した」という伝説がありますが、まさにその魂の叫びみたいなものを感じました。
 ついつい音程を気にしたり、きれいに、カッコよく装おうとしがちですが、誰にも媚びず自分の伝えたい言葉を全力で歌にぶつける。そして見た目や音程より、伝えたい言葉が伝わればそれでいい。気持ちいいなぁ~。久々に感動した。そしてボブ・デュランの歌詞に感動したとき依頼、言葉の大切さを再認識させてくれました。
 
 100パー出されると、こちらも100パーでいかないといけなくなる。よい連鎖です。仕事も組織も政治も日本も世界も、そういう良い連鎖がおこればいいのにな。
 時々、「今ここにいて、ここにいない感覚」に襲われることがある。これは、たぶん100パー出してないからなのかもしれない。100パー出していかんとね。




仕事メモ
弾き語りの場合のギターの音色は(曲調にもよるが)、100-300hz付近に厚みを持たすと良い事を実感。歌とギターがうまくまとまってくれて、なおかつグルーブが出る。







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