2011年7月19日火曜日

レア神社

先日、ロケが早く終わったので、ロケハンへ行ってきた。

山道をどんどん登り行き止まりまで行く。途中木が倒れてきていたりしていて、一人だと不安になるような道だ。
行き止まりで車を降りた。鳥居?尾瀬神社と書いてある。ここを登る。



途中道が二股に別れていた。
展望台らしきものがある方向へ進むと、展望台がある。まずまずの見晴らし。
どうしても登り口の鳥居と二股の道の逆方向が気になって、一人で行ってみた。
二股まで戻り、逆方向へ登ると程なくして、



また鳥居発見。苔むしている。ひとけのない山の頂上付近。鳥の声と日暮の声だけ聞こえる。
ひとけの無さがなんとも異次元感を伴い、心細くなる。反面、少しテンションが上がる。
レアな神社を発見した。



15メートルくらいの参道を進むと、拝殿が奥にある。定期的に掃除しているようで綺麗だ。ただひとけはない。


参道途中に大きな井戸がある。神泉と書いてあった。大蛇にまつわる伝説があるそうだ。
山の頂上付近でも井戸作れるもんなんだろうか?不思議。


大きな杉。


参道から鳥居を見た感じ。
日暮の声が、涼しさと異次元感を増長する。

以下は神社の説明書き。

この付近一帯は、平安中期(897~1086)に建立された、真言宗、如意山金勝院尾背寺の跡地である。
 尾背寺は、下寺四十一ヶ寺をようし七堂伽藍を備えた一大寺院であった。
 宝治二年(1284)11月17日、この寺に参詣した高野山の高僧「道範」の「南海流浪記」には、「本堂三間四面、本尊薬師如来は弘法大師の御作。三間の御影堂みは、弘法大師御影、並びに七祖及び、天台宗の影」これありと記されてある。平安、鎌倉、室町時代と数百年にわたって修験者達の道場として栄えていた。
 天正七年(1579)春、長宗我部の兵火にかかり廃寺となる。
 今も、鐘撞堂、大門跡、墓の丸、金音川地蔵堂、千切滝、金剛岩等の地名が残っている。


ひっそりと山の頂上に佇む神社だった。本尊は今もここにあるんだろうか?


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